一般財団法人

国際指圧普及財団

浪越式指圧療法の創始者である浪越徳治郎は、明治38年11月3日、四国の香川県仲多度津郡多度津町に生まれた。7歳のとき、一家の事情で当時の拓殖移民として北海道虻田郡留寿都村に移住した。一家は、父栄吉、母まさ、長男茂一、次男聖政三、三男徳次郎、四男春夫、長女定子の7人であった。瀬戸内海に面した温暖の地から厳寒の北海道へ、生活環境の変化は大変なものであった。まして交通事情を考えると、その旅程は並大抵の苦労ではなかったであろう。長い旅を終えて目的地留寿都村にようやくたどり着いた翌月から、母まさが膝の痛みを訴え始めたときも、なれない旅の疲れからと皆が思ったのも当然であった。

しかし、一時的なものと楽観視していた彼女の膝の痛みは、日を重ねるにつれて悪化し、しかも膝から足首、手首、肘、肩へとひろがっていった。今で言う多発性関節リウマチの難症状である。医者にみてもらいたくても、無医村で医者はいない。薬もない。しかし、どうしても母親が苦しむのを黙ってみていることができない。できることといえば、ただ家族のものがかわるがわる痛むところをさすったりおさえたりすることであった。実に、それ以外どんな手当ての方法もなかったのである。

ところが、皆でそうして一生懸命看護した気持ちが通じたのか、母親の痛みが薄らぎ出したのである。兄弟は母親の身体を交替でさすり続けた。そうしているうちに、母親が徳次郎に、お前の手が一番気持ちがいいといったのである。母親にそういわれて、子供心にも感動した徳次郎は、それまで以上に看護に身を入れるようになった。そして、始めは「さする」のが8で、「おす」のが2という割合であったのから、次第に「おす」が8、「さする」が2の割合にかわっていった。それにしたがい、生理学も解剖学も知らない子どもが、手指の感触によって「しこり」の形態、皮膚の状態、冷え、熱などを敏感に感じとるようになり、それに応じておし方に変化を加えたり、強弱を加減するようになった。特に、固く冷えている腰部を重点的におすようになってから、母親の症状は好転し始めた。ちょうど脊柱の中程、その両側を腰部に向かっておしていたのが、副腎（特にコーチゾン）とリウマチの関係に結びついたのだった。そのおかげで、病状をこじらさずに、全快にまでこぎ着けたのである。徳次郎は、この過程の中で、母親の身体を通して、人間に本来具備してあるところの自然治癒力の強靭さを学び、それを促す術を得たのである。まさしく、｣ここに到って、暗中模索で始まった手当てから「指圧」が誕生した。

その後、徳次郎は、幾多の苦労を重ねながらも、按摩、マッサージの免許を取得し、大正14年、北海道で指圧治療院を開業した。そこで治療に従事するかたわら、弟子の養成にも力を入れたが、昭和8年、治療院を弟に任せて、中央進出を志し、東京で開業した。しかし、そこで痛感したことは、みずからが開拓した指圧療法をもっと広く一般に知ってもらい認めてもらうために協力者を養成しなければならないということであった。昭和15年2月11日、東京小石川の伝通院前に設立された日本指圧学院は、そうした彼の「指圧療法」への愛着の結実であった。

指圧学院で積み上げられた地道な治療と講習の成果で、やがて指圧独自の治療効果が知れわたり確認されるに到り、昭和30年初めて法律で指圧が認められた。

だが、そのときは＜按摩（指圧）＞とされ、指圧を按摩に含めるという不合理な扱われかたであった。昭和１５年の創立以来、多くの卒業生を送り出してきた日本指圧学院が、日本指圧学校として正式に厚生大臣の認定校となったのは昭和32年であった。わが国唯一初めての指圧師養成専門の学校が発足したのである。さらに、昭和39年、法律上の名称が、従来の「按摩（マッサージ、指圧を含む）」から、「按摩、マッサージ、指圧師法」と改正され、ようやく「指圧」が按摩から切りはなされてその手技法の独自性を認められたのである。
現在、日本指圧専門学校で3年の修業を終えれば、国家試験を受験する資格が得られ、合格すれば按摩・マッサージ・指圧師の免許を取得できる。これまでの卒業生は、学院のときから数えると、延べ2万名を越える。その多くは指圧を専門として開業している。

また英文書”Shiatsu“出版を経て、指圧は国内に留まらず海外にもその効果を認められ、今や、”fingertip pressure”という訳語よりも“shiatsu”として広汎にうけ入れられている。現在も、大英辞典（オックスフォードイングリッシュディクショナリー）に、日本語の医療用語としてただひとつ掲載されるまでになったのです。